正受院
【所在地】 京都府京都市北区紫野大徳寺町 (地図
【最寄り駅】 地下鉄烏丸線北大路駅

大徳寺の塔頭の一つです(非公開)
天文年間(1532〜1555)に伊勢亀山城主の関盛衡や越前敦賀城主の蜂屋頼隆が檀越となり、大徳寺93世清庵宗胃を開祖として建立しました。
境内には戦国時代の連歌師である里村紹巴の墓があります。
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檀越の蜂屋頼隆は大徳寺125世太素和尚から「正受院殿雲岳宗関大居士」の法号を授かったそうです。正受院の名前はここから来てると思うんですが、正受院には頼隆に関する資料は残されてないそうなんですよね。
頼隆は織田信長の黒母衣衆の1人でした。のち秀吉に仕え越前敦賀城主となりましたが、嗣子がなく蜂屋氏は断絶してしまいました。頼隆の後、敦賀城主となったのが大谷吉継です。
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頼隆は連歌も嗜んでいたそうです。正受院に連歌師の里村紹巴の墓があるのはその縁でしょうか。
【2008/11/18 21:12】 | 京都 | トラックバック(0) | コメント(0)
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